特別コラム

のんびり途中下車も楽しい東北駅弁旅

駅弁は旅の「思い出スイッチ」。
 かつて旅先で食べた駅弁を再び食べる時、スイッチが押されたかのように、行った土地、見た景色、乗った列車、出会った人との思い出が蘇ってきます。

とある駅弁を食べて思い出すのは、10年ほど前。私は福島駅で途方に暮れていました。というのも、目の前で、乗るはずの列車が行ってしまったのです。

予定では、福島駅の次の新幹線停車駅、山形県の米沢駅まで行くつもりでした。そして山形行きの新幹線「つばさ」に初乗車。この「つばさ」は秋田行き新幹線「やまびこ」と連結して東京駅を出発します。途中、福島駅で切り離され、「つばさ」は山形方面へ、「やまびこ」は仙台方面へと向かいます。

この頃はそれぞれに自由席があり、私は空いていた「やまびこ」側の自由席に座っていました。うとうとしていたので、福島駅で切り離されたことに気づいた時には後の祭り。慌てて降りたホームから、先に出発した「つばさ」の後ろ姿を見送ることになったのです……。

しかたない、次に来る普通列車で米沢駅まで行こう。気持ちを切り替えたところでやってきたJR奥羽本線の普通列車は2両編成。赤い座席はセミクロスシートなので、お弁当が食べやすそうです。
 先程の新幹線車内で食べそびれた『海苔のりべん』(福豆屋)は、東京駅で買っておいたもの。福島県郡山市で作られているお弁当で、今回はこれを「里帰り」に選びました。
 一見、普通の海苔弁当に見えますが、ふわふわのおかかと海苔がのったご飯を食べ進めると、間に昆布の佃煮と海苔がさらに挟んであります。これは手間がかかっています。おかずも大きな卵焼きや、脂ののった鮭が大変おいしく、何度もリピートする大好きな駅弁となりました。2018年に「駅弁味の陣」で駅弁大将軍を受賞したのも納得です。

お弁当に夢中で、車窓をあまり見ていないことに気づきました。すでに何駅かが過ぎ、列車は勾配を上っているようです。その割に揺れが少ないのは、JR奥羽本線の線路が通常の在来線の線路幅1067㎜ではなく、新幹線と同じ線路幅1435㎜だからかもしれません。

列車はしばらく渓谷を走っていきます。よくぞこんなところに線路を敷いたなあ、と眺めながら感心しきり。新幹線の線路ができる前は、何度も切り返し(スイッチバック)をして、難所の板谷峠を越えていたそうです。

板谷峠の長いトンネルを抜け、峠駅に到着しました。ホームから「ちから〜もち〜」という声が聞こえます。見ると法被を着た男性が、駅弁売りのスタイルで何かを売っていました。
 席を立ち上がる人がいたので、ここで降りるのかと思ったら、お金を渡して売り子さんから何か買っています。私も真似して買ってみると、それは「峠の力餅」(峠の茶屋)という、こしあん入りのお餅でした。歴史は古く、峠駅開業直後の1901年から駅で販売されているものだとか。

現在、このような立売が見られるのは、JR東日本管内ではすでにここだけ。アクシデントがなかったら、「峠の力餅」には出会えませんでした。峠駅は雪除けで覆われているため昼間でも薄暗く、かつてのスイッチバックの跡も残ります。停車時間の30秒間だけ目にしたその光景は、昭和時代にタイムスリップしたかのようでした。

峠駅を出ると今度は下り勾配が続きます。ほどなくして米沢駅に到着。
 駅のホームにも駅弁の売店がありますが、せっかくなので本店に行ってみます。新杵屋本社工場直売店は駅の目の前にありました。すでにお客さんが数人並んでいて、お弁当を注文すると、その場で作ってくれます。出来立てが買えるのはうれしいです。

駅弁を買って米沢駅に戻り、今度はふたつ先の高畠駅へ。ここは改札のすぐ横に温泉がある珍しい駅です。泉質はアルカリ性単純温泉で源泉100%。お湯は熱くなく、ゆったり入るのにちょうどよかったです。
 駅の売店でビールを買おうとして、ふと「駅弁」の文字を見つけました。高畠駅に駅弁があったとは!知らない駅弁を発見した時の喜びはひとしお……ですが、すでに売り切れていてがっかり。感情が峠越えのように大きく上下します。こうしてまたこちらへ旅しなくてはならない理由ができました。

再び普通列車に乗り込み、山形駅へと出発。
 車内でビールを飲みながら、先程買った『元祖 牛肉弁当』(新杵屋)をいただきます。こちらは1957年に東北初の牛肉駅弁として発売されたお弁当。ごはんの上にのった薄切り牛肉は、同じ新杵屋の人気駅弁『牛肉どまん中』と似た味わいですが、糸こんにゃくが添えられているので、すき焼き風といったところ。付け合わせも、こうや豆腐やうぐいす豆など、昔ながらの素材で懐かしい感じがしました。

車窓には田んぼが広がっています。この辺りは米どころ。夏は緑の絨毯、秋は黄金色の稲穂、冬は一面の銀世界となります。そういえば先程から、何度か踏切を渡っています。同じ線路を走る新幹線も、踏切を渡るのかと思うと、なんだかおもしろいです。

しばらく進むと大きな街が見えてきました。ここが終点の山形駅。
 山形駅ではパッケージの絵に惹かれ、『みちのく弁当の旅』(もりべん)を買いました。駅弁は、レコードのように見た目でジャケ買いすることもあります。掛け紙やパッケージは駅弁の顔。やはりそこでも駅弁らしさが出るものです。

ここからは仙山線に乗り換え。2両編成の列車はまた山あいを走っていきます。
 『みちのく弁当の旅』はたっぷりの山菜と牛肉煮がご飯の上にのったお弁当。牛肉がやわらかく、山形名物の玉蒟蒻や、甘めの卵焼きも入っています。田舎風とうたわれる通り、素朴ですが飽きない味でした。

今日は終点の仙台で一泊します。明日の朝、仙台駅で買う駅弁はどれにしよう。牛タン弁当もいいけど、鮭はらこめしもいいな。
 駅弁を食べながら、次に買う駅弁を考えます。私にとって「旅の計画=食べる計画」。旅先で気に入った駅弁に出会うと、それはもう満足のいく旅となります。

こうして旅の「思い出スイッチ」はどんどん増えてゆくのでした。

やすこーん

やすこーん

漫画家&文筆家。駅弁・駅そば・お酒・温泉・鉄道旅が好きで西荻窪在住。特に駅弁に関してはTVやラジオで活躍。著書は「おんな鉄道ひとり旅」全2巻(小学館)「メシ鉄!!!」全3巻(集英社)「やすこーんの鉄道イロハ」(天夢人)ほか多数。

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