特別コラム

SLばんえつ物語の旅で味わう推し駅弁

駅弁が、私にとって欠かせない存在になってから早15年。すでに2,000食以上食べてきました。気に入った駅弁はリピートするタイプで、これは応援するアイドルのコンサートに何度も行くのに似ています。つまり駅弁の「推し活」をしているのです。

東京駅構内の「駅弁屋 祭 グランスタ東京店」には、週1〜2回通います。ここは日本で最もたくさんの駅弁が集まる場所。全国から毎日駅弁が運ばれ、並ぶ姿は壮観です。新作駅弁(新人)は必ず一度は買ってみますし、かつて旅先で食べた駅弁(ベテラン)を選んで「やっぱりいいなあ」と再確認し、味とその時の思い出に浸ることもあります。

旅に出る際は気分を高めるため、あえてこれから行く土地で作られた駅弁を買います。東京に運ばれてきた駅弁を、また生まれた場所へ運び戻す。私はこれを駅弁の「里帰り」と呼んでいます。

数年前、東京駅から上越新幹線で新潟駅に向かいました。
 その日「駅弁屋 祭 グランスタ東京店」で「里帰り」に選んだ駅弁は『えび千両ちらし』(新発田三新軒)。2017年の「駅弁味の陣」で駅弁大将軍に輝いた、有名な新潟の駅弁です。
 蓋を開けると一面、鮮やかな黄色の厚焼き卵。上にはピンク色をしたむき海老のおぼろ。卵をめくったその下に、うなぎ、こはだ、海老、いかが隠れています。食べ方に迷いますが、まず厚焼き卵をひとつ食べて、魚介2種と下のご飯を手前から食べるのが常です。

約2時間で到着した新潟駅。ここでは駅弁は買わず、JR信越本線で新津駅まで移動します。そこから「SLばんえつ物語」に乗車するのです。土休日を中心に、新潟県・新津駅から福島県・会津若松駅間の磐越西線を1日1往復している臨時列車です。

「SLばんえつ物語」の始発駅、新津駅の駅前には、2軒の駅弁屋さんがあります。駅の目の前にあるのが神尾弁当部。東京駅にも売られている『えんがわ押し寿司』はよく買っています。えんがわの甘い脂が口の中でとろけ、お酒との相性も抜群です。
 少し右に行くと三新軒。こちらで好きなのは『焼漬鮭ほぐし弁当』。新潟の郷土料理、鮭の焼漬をほぐしたものがたっぷり入っています。どちらも私の「推し」です。
 「SLばんえつ物語」運行日は、駅弁屋さんまで行かなくても、この2軒の駅弁がホームで売られています。

新津駅ホームで、今回はどれを買おうか悩んでいたら、ちょうどSLが入線してきました。
 10時03分、出発時間です。黒い煙を吐きつつ、7両の客車を引っ張りながら、「SLばんえつ物語」は会津若松駅へと走りだしました。
ホームでは大勢の人が手を振って見送ってくれています。私も手を振り返しながら、自分の普通車指定のボックス席へ。向かいには、やはりひとり旅と思われる、私と同年代の女性がスマホを見つめて座っていました。

しばし席に落ち着き、列車の走行を楽しむことにします。電車と違ってSLは、人間のように感じることがあります。加速する時のグンッ、グンッ、と引っ張られる力強さ、噴き出す蒸気、甲高く鳴る汽笛。まるで感情を表しているかのようです。

5号車にある売店でも、駅弁や飲み物が売られています。冷たいビールを買って戻り、駅弁を袋から取り出すと、向かいの女性もちょうど駅弁を開けるところでした。
 「あっ」と思わず声を上げてしまったのは、私と全く同じ『SLばんえつ物語弁当』(神尾弁当部)と、新津名物の『三色だんご』(御菓子司 羽入)を買っていたから。お互いに顔を見合わせ、笑いました。
 食べながら話をしてみると、彼女はスマホのGPS機能を使った、全国を巡る国盗りゲームをしていることがわかりました。鉄道旅の楽しみ方はそれぞれです。

『SLばんえつ物語弁当』は、1999年「SLばんえつ物語号」の運行開始記念で誕生した駅弁。焼き鮭、にしん煮付け、いくら醤油漬けなど、海の幸・山の幸が盛り込まれ、おかずの一つひとつがていねいに作られています。
 このおかずをつまみに、ちびちびとビールを飲むのが至福の時間です。残ったご飯は最後に。ご飯は白飯ではなく醤油味のコシヒカリ米で、これだけで食べてもおいしいです。

じつはもうひとつ、夕飯にするつもりで新津駅の駅弁を買っていました。『雪だるま弁当』(三新軒)です。こちらも1995年に発売されてからのロングセラーで、プラスチックでできた容器の色は現在5種類。駅弁の掛け紙や容器を集めるのが趣味なので、行くたびに、違う色の雪だるま弁当を買っています。パーツが動き、表情が変えられる楽しさがあるのと、中身もちゃんとおいしいので飽きません。

もちろん景色も肴に。この沿線は、阿賀野川が左右どちらでも見えるのが特徴です。咲花駅にさしかかるあたりから、進行方向左に阿賀野川が見え始めます。三川駅の手前で列車は橋を渡り、今度は右手に川が見えるようになります。

次の津川駅ではしばらく停車するので、『えび千両ちらし』に付いていたハガキをしたため、4号車に設置された郵便ポストに出しに行きました。ここで出すと、特別な消印を押してもらえるのです。こういう機会があると、いつも自分宛にハガキを出します。忘れた頃に届くので、旅の余韻が楽しめます。

津川駅を発車したら、上り勾配。耳を済ますと、SLの排気音も先程より大きくなっているのに気づきます。追加のお酒を買ってきて「SLがんばれ!」と応援。
 この車両は窓が開くので、細く開けて風を感じてみました。昔は窓越しに売り買いされていた駅弁ですが、最近は窓が開く列車が少なくなり、立売の風景もほぼ見られなくなりました。

日出谷駅の手前で赤い橋梁を渡り、豊実駅〜徳沢駅間の県境を越えると福島県です。それまで「阿賀野川」だった川は、福島に入るとなぜか名前が変わり、「阿賀川」となります。
 その先の山都駅を過ぎてしばらく行くと、有名な写真撮影地でもある一ノ戸川橋梁を渡ります。この辺りの景色の開け方は壮観です。喜多方駅から先は平野で、塩川駅辺りから左手に磐梯山が見えてくると、旅の終わりを感じ、寂しい気分になります。

約3時間半かけて、「SLばんえつ物語」は会津若松駅に到着しました。このC57形蒸気機関車180号機は、製造されてから77年、今年で「喜寿」だそう。ずっと元気で長生きしてほしいです。

さて、これから会津若松駅の「推し」に会いに行ってきます。
私の「推し活」駅弁旅はまだまだ続くのです。

やすこーん

やすこーん

漫画家&文筆家。駅弁・駅そば・お酒・温泉・鉄道旅が好きで西荻窪在住。特に駅弁に関してはTVやラジオで活躍。著書は「おんな鉄道ひとり旅」全2巻(小学館)「メシ鉄!!!」全3巻(集英社)「やすこーんの鉄道イロハ」(天夢人)ほか多数。

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